ブラジル、サンパウロで実感した富山との繋がり

Bom dia, pessoal (皆さん、こんにちは!)ブラジル国際交流員のマルコスです!

11月に、富山県の訪問団の一員としてブラジルを訪問する機会に恵まれ、忘れられない経験をすることができました。5日間にわたり、私の出身地であるサンパウロ州でさまざまな行事や訪問が行われ、仕事の面でも個人的な面でも、とても意義深い時間となりました。

到着した空港では、富山県人会の皆さんに温かく迎えていただき、世界の反対側にあっても、富山とサンパウロが強くつながっていることを最初から実感しました。サンパウロ市内では、在サンパウロ日本国総領事館、JICA、JETRO、ジャパン・ハウスなど、日本政府関連の機関を訪問しました。各機関との意見交換は非常に実りあるもので、ブラジルやサンパウロ州について、外からの客観的な視点で、その強みや可能性、そして将来の課題について学ぶことができました。また、日伯関係や富山―サンパウロ関係のこれまでの歩みと今後の展望について考える貴重な機会にもなりました。ジャパン・ハウスでは、日本の伝統文化に関するさまざまな展示を見学しました。多くの現地の方々が日本文化に強い関心を持って訪れている様子を目にし、とても嬉しく感じました。

ブラジル富山県人会メンバーが空港まで迎えに

また、日本移民史料館など、日系人社会に関わる施設も訪問しました。そこでは、約130年以上にわたる日本移民の歴史が、最初の移民の到来から「ブラジル日系社会」の形成に至るまで、3フロアにわたって紹介されています。私の祖父も、より良い未来を求めて海を渡った移民の一人です。言葉や習慣の異なる新しい国で、数多くの困難を乗り越えながら新しい人生を築いていったことに、改めて思いを馳せました。

館内ではデジタルシステムを使って、移民の到着日や配属先の都市などを調べることができます。自分の祖先の記録を実際に目にしたときは、とても印象的でした。父から聞いてきた家族の話が、公式な記録によって裏付けられたことで、自分自身のルーツに新たな意味を見いだすことができました。ブラジルでも日本でも日系社会の一員として、移民の歩みを学び、同時にこの関係の未来を考えることは、大きな刺激となりました。

特に印象に残った訪問の一つが、州内にある第三アリアンサ、通称「富山村」です。約100年前に富山県出身の移民によって築かれたこの地では、今もなお、故郷との強い絆が大切に守られています。交流会では、ポルトガル語と日本語の両方で温かく迎えていただき、昼食にはブラジル式BBQのシュラスコやおにぎり、お寿司が振る舞われ、日系家族らしい、とても和やかな雰囲気でした。現地の日本語学校も見学し、何十年にもわたり富山から派遣された先生方によって、日本語と文化が受け継がれてきたこと、そして住民の皆さんが「母県・富山」に寄せる深い愛情を強く感じました。私は通訳として関わらせていただき、参加者の方々と近い距離で交流し、それぞれの人生や想いに直接触れることができました。

3日目には富山県人会創立65周年記念式典にも参加しました。式典は多くの関係者を迎え、細やかな配慮の行き届いた盛大なものでした。翌日には、サンパウロ大学(USP)を訪れ、日本語、日本文学を学ぶ学生達と面談をする機会もありました。USPの日本語・日本文学コースは、南米最高峰の教育・研究水準を誇る東洋文学科に所属しており、学生の方達も優秀で努力家な人たちでした。

サンパウロ大学

両国の歴史やパートナーシップ、そして富山県が移民の遺産を大切にしながら、次世代の育成に力を注いできたことは、本当に価値のある取り組みだと感じます。その積み重ねが、距離を超えて強い絆を保ち続けてきたのだと思います。今回の訪問中に締結された、富山県とサンパウロ州政府との新たな友好協定も、その成果であり、両地域の関係を改めて確認する象徴的な出来事でした。

そして何より心に残ったのは、人とのつながりです。人間関係や地域での交流、日々の学びを通じて生まれる絆が、この関係を支える価値観をより深く理解させてくれました。県と繋がりがあるニッケイ人(非日系の方々も含めた意味でカタカナで)やその子孫に対し、日本での経験や国際的な力を身につける機会を提供していることは、この関係をさらに強くするものだと思います。人と知識が行き交うことで視野が広がり、世代を超えたつながりが生まれ、対話と協力の場がより豊かになります。国際交流員として富山でこの循環を日々体感しながら、この文化の架け橋が今も生き続け、そして一層強固なものになっていることを実感しています。

冬に包まれた五箇山

皆さん、シンチャオ!ベトナム国際交流員のヴォンです。

皆さんは年末年始、何をしましたか。

私は世界遺産である五箇山の合掌造り集落を訪れました。相倉、菅沼、下梨の三か所すべてを巡り、それぞれ異なる魅力を感じることができ、とても楽しかったです。

山に囲まれた集落はとても静かで、昔ながらの家屋が今も生活の場として大切に守られている点に、単なる観光地ではない「生きた文化遺産」としての価値を感じました。

また、合掌造り集落が世界遺産として保存されている背景には、地域の人々が長い年月をかけて文化や伝統を受け継いできた努力があることを知り、その重みを改めて実感しました。

初めて訪れたので、何もかもが新鮮で驚きの連続でした。特に印象に残ったのは、雪の多さです。辺り一面に雪が積もり、合掌造りの大きな屋根にも厚く雪がのっていました。

その日、展望スポットへ向かう途中で転んでしまいましたが、不思議とまったく痛みを感じませんでした。「ああ、雪が積もっているんだな」と思ったほどです。

写真や映像では見たことがありましたが、実際に目の前で見る景色は迫力があり、とても感動しました。白い雪と木造の家々が調和した風景は幻想的で、まるで絵本の世界に入り込んだようでした。

寒さは厳しかったですが、その分、冬ならではの五箇山の美しさを十分に味わうことができました。三か所すべてを訪れたことで、五箇山の魅力をより深く知ることができ、心に残る旅となりました。

メーコン・ビブ郡と姉妹都市交流、市長訪問団の来市

皆さん、お久しぶりです!黒部市の国際交流員のルーカスです。
黒部市では10月下旬に、アメリカ合衆国ジョージア州にある姉妹都市のメーコン・ビブ郡(旧メーコン市)からレースター・ミラー市長をはじめとする11名の市長訪問団の皆様が来市されました。

両市の絆を深めるため、市長訪問団の歓迎交流会が行われたほか、3日間で黒部市の視察先や観光名所を訪問しました。ほんの短い間でしたが、YKKセンターパーク展示館とパッシブタウン、生地にある「魚の駅」という魚市場、黒部川電気記念館とトロッコ電車体験、そして市民病院・明峰中学校・国際文化センターコラーレなどの公共施設を視察されました。個人的に印象強かったところは、中学校の視察中に生徒達と交流し、そして合唱団の練習にも参加されたことです。その場面で話し合った生徒達にカズー(メーコンで発明された楽器)を配り、そのカズーの震える音が一日中校内に響いていました。

実は、今回の訪問はミラー市長にとって始めての来日でした。2023年の春、黒部の姉妹都市訪問団がメーコン・ビブ郡に訪れた際に武隈市長とミラー市長はすでに対面しており、再び会えた二人の市長はとっても仲良く過ごしました。この市長同士の再会の他、他の訪問団の皆様にとっても黒部での友達や知り合いと久しぶりに会える良い機会となりました。例えば過去の市長表敬訪問、ホームステイ生徒の受け入れと派遣、または企業の海外出張や専門家の交流研修など、今までのあらゆる交流をきっかけに両市民の多くに結ばれた絆は確かなものでした。そろそろ50周年記念に近づく姉妹都市関係は、今後どのような交流を導いていくのか期待が高まります。

黒部市役所の外、武隈市長と一緒の様子(メーコン・ビブ郡方面を指して)